きのぴーのらららブログ

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メモメモ。

頂いたリーフレットで心に響く言葉があったので、メモメモ。


私たちは何のお返しも持っていないけれど
ただ感謝して受け取るだけ。
それが神様が喜ぶこと。


いじょーーー!



っていうのもちょっとサミシイので、
最近のManaさんのブログをメモメモ。
このエントリーの知っている方って、ぐるぐるさん、のぐるぐるさんブログの引用ですね!

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いつもは、あまり他の方のブログを見ることもないのですが、時々フッと勝手に、自分の手が、知っている方のブログにアクセスしていきます。
そして、以前に自分でも書いたような内容を、また別の表現で書いて下さっているのを拝見すると、新しい感動を覚え、ついつい引用させていただきたくなります。(個人的には楽をして、ズルイかも)(汗)
多少、私の言い回しも加えて、以下に引用させていただきます。
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この世界は素粒子で構成されており、その素粒子は、観察者(見る側)の影響を必ず受けるということが量子力学でも証明されている。

つまり、もともと確固たる物質や現実というものが存在するわけではなく、それは見る側の意識(波動、周波数)によって変幻自在に変わるということでもある。

ある出来事や人に反応し、何らかの感覚(波動)を受け取ったということは、それは自分がまずその波動をボールのように投げかけた結果、その波動をフィードバックさせて、その投げかけた波動をそこから感じ取っているだけだということである。

「かわいそう」と感じる出来事や人が存在するわけではなく、
元々自分の中にあったかわいそうという波動を投げ、フィードバックさせて、あたかもその出来事や人がかわいそうであるように感じているだけなのである。
裏をかえせば、自分自身のことも「かわいそう」とか、「まだまだダメなやつ」とか、「この程度の自分」などと無意識に決めつけて感じているだけなのである。
人生や世の中に対しても、無意識に、「問題が多いところ」とか、「あまり楽しくないところ」とか決めつけている。

かわいそうボール、理不尽ボール、愛されてないボール、嫌われボール、ウザいボール、時間がないボール、劣等感ボール、世の中は恐いボール、ズルい人がいるボール、人生のファーストクラス・チケットは手に入らないボール・・・などなど

108つどころか、何千、何万もの「魔法の球」である魔球を私たちは持っている。
そして、それを「現実」という名の壁に投げ、その跳ね返ってきたボールを受け取っている。

人生とは一人で壁に向かってボールを投げ続ける「壁当て」のようなもの。
投げかけたものをただ受け取り続けるゲーム。

自分が投げかけたもの以外は受け取れないのだから、「こんなの投げてませーん」ということもできない。
何かを受け取ったということは、間違いなく自分がそれを持っていて、投げかけた結果である。
人生は自己波動責任なのだ。

跳ね返ってきたボールを放ったらかしにし続けると、そこらじゅうがボールで溢れてしまい、身動きが取れなくなってしまう。

本来は自由に好きなボールを投げて楽しめばいいのだが、うまくいかない時や、被害者意識に陥ってしまう時などは、まずは自分が投げて放ったらかしになっているボールを拾った方が良いのかも知れない。

それが浄化だったり、統合だったり、カルマの解消や解放と呼ばれるものなのだろう。

人生とは自分発見の旅である。
ありとあらゆるものに自分の色(要素)を見つけ、受け入れていく。(=そこからの愛され感を感じて、受け取っていく)

批判や否定したくなるものほど、自分が持っており、投げたことを認めていないボールである。

例えば○○オークションを宣伝して、謝礼を貰った有名人を「汚い」と批判したくなったら、遊んで楽をして報酬を得ている人を「汚い」と非難したくなったら、自分の中の汚さやズルさを認めるチャンスである。
そういう印象、感覚を受け取ったということは、自分の中から投げかけたものがあるということ。
汚い人やズルい人は外側にいるのではなく、自分の内にしかいない。つまりそれは自分のことなのだ。

それを消そうとするのではなく、その要素を認めるということ。
それは自分の中にあり、自分が投げたボールだと認め、それを認め切る、受け取るということ。
できれば、【敬意】を払ってあげること。(そこは最も愛されてこなかった【傷】の部分だから)

すると全部自分だったことに気付く。誰の中にも自分しか見れないことを知る。
比較する意味が消える、競争する理由が消える。
他人と自分がイコールになり、自他一体として生きていけるようになっていく。相手も自分だから、彼らの成功を意宣り(いのり)、喜べるようになっていける。愛の境地になる。

【自分がすべてであり、全体である】ことを理解できた時、あなたの喜びという名の魔球が世の中に、宇宙全体に大きな影響を与えていくことだろう。

さあ、今日はどんな魔法の球を投げかけようか
by shine-lalala | 2012-12-23 02:36 | わたしのこと。
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35歳女。わたしにとってのらららん♪な極上タイムを過ごすための探究ブログです。


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